2009 年 7 月 のアーカイブ

こちら編集部〈1〉 女記者、阿修羅となる

2009 年 7 月 7 日 火曜日
編集長: 初めまして。私が『こちら編集部』の編集長です。以後お見知りおきを。
女記者: 女記者で~す。よろしくね。
見習い: 見習いカメラマンです。一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします。
編集長: さて、挨拶もすんだことやし、帰ろか。(パッコーン)い、痛。何やそれ。
女記者: 大阪名物の張り扇よ。一番硬いボール紙で作ったの。しかも70センチの特大よ。
見習い: へえ、案外器用なんですね。
編集長: しょうもないことに感心すな。
女記者: 挨拶だけして帰るなんてふざけたことしたら、もう一発お見舞いしますからね。
編集長: おお、こわ。冗談に決まってるがな。ええ、この『こち編』では…(パッコーン)、痛たた。連発かいな。
女記者: いきなりタイトルを略してどうするんですか。まだ認知もされてないのに。
編集長: いや、略した方が親しみが出ると思たんや。『こち亀(こちら葛飾区亀有公園前派出所)』みたいにな。まあ、とにかくここではいろんな話題や謎を追究していこうと思ってるわけです。ご愛読のほどを。
さて、そこで早速やが、帰ろか(パッコーン)、おお、反応早いな。
女記者: ほんとにもう、あなたみたいなのが編集長というのが、私にとっては最大の謎だわ。
見習い: (……何かえらいところに来てしもたんとちゃうやろか)
編集長: 見習い君、心配せんでもええ。じき慣れる。
見習い: ええっ? 編集長は人の心を読めるんですか!
編集長: 大方の人間の反応や。さて、初回ということで前置きが長なった。そろそろ本題に入ろか。最近はちょっとした仏像ブームらしいな。
女記者: ええ、先に東京の国立博物館平成館で開かれた興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」(61日間)では、94万6172人の入場者を記録しました。これは同博物館の日本美術の展覧会として史上最多、99年開館の平成館では歴代1位ということです。7月14日~9月27日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館でも開催されており、こちらも人気を呼んでいるようです。
見習い: あの阿修羅は独特ですもんね。普通、阿修羅って怒った怖い顔してるでしょう。
女記者: 元々は「アスラ」という古代インドの戦闘の神様ですからね。
編集長: 昔、阿修羅原というプロレスラーがいたぐらいや。
見習い: 女記者さん、張り扇をお見舞いしないんですか。
女記者: エネルギーをためておくわ。興福寺の阿修羅の表情についてはいろんな解釈があるようだけど、一般的には懺悔の心を表現しているとされていますね。正面の顔は、少し眉根を寄せて憂いを含んでいるような、見方によっては厳しくも見える複雑な表情をしています。
見習い: 右脇の顔は下唇を噛んで、何か子供が悔しさをこらえているような感じですね。
編集長: お顔が3つに手が6本という、いわゆる三面六臂のお姿やけど、ものすごう人間的に見えるんやな。
女記者: お、お顔、お姿……。
編集長: あのなあ、わしは興福寺の阿修羅像を見て仏像に目覚めたんや。あの阿修羅像は、興福寺を創建した藤原不比等の娘の光明皇后が、亡き母・橘三千代の菩提を弔うために、天平6(734)年に建立した西金堂に安置するために作られたいろんな仏像の中の一つなんやで。
見習い: へえ、さすが編集長、きちんと調べてるじゃないですか。じゃ、僕の疑問に答えて下さいよ。あの合掌してる右手はちょっと変だと思いませんか。本来ならもう少し上に向かわないと。
編集長: あの右手は明治時代に肘から先がなかったものを修復したそうなんや。その時に合掌の形にしたらしいんやけど、元から合掌してたかどうかは不明らしい。あと、不思議なのは、合掌してる手の位置が、体の中心より向かって右にちょっとだけずれてるんやな。これに関しては、雑誌『一個人』(KKベストセラーズ)の6月号の特集「仏像入門」で、写真家の小川光三氏は、西金堂に安置されるのが、堂内の向かって左の高い場所だったので、斜め右下から見ると顔と手の中心が揃い、バランスよく見えるように仏師が作ったのではないかと推測しておられる。さすが一流の写真家の視点は違うなと感心させられた。見習い君もそういう一流の目を持てるよう努力しいや。
見習い: はい、頑張ります。
編集長: うーん、初回から八面六臂の活躍をしてしもたな。どや、女記者君、五臓六腑にしみ渡るビールでも飲みに行かんか。
女記者: 遠慮します。見習い君と二人三脚で行けばいいでしょう。
編集長: お、数字の四字熟語で返してくるやなんて、早くも息ぴったりやな。(バッコーン)
女記者: 気色悪いこと言わないでっ!
編集長: ほんにエネルギーためてたんやね(バタン)。