2009 年 9 月 のアーカイブ

こちら編集部〈3〉 中秋の名月や迷月や

2009 年 9 月 29 日 火曜日
編集長: 「中秋の名月」って今年は10月3日なんやてな。わし、今の今まで毎年9月15日に決まってるんやと思てたわ。
女記者: あら、博学の編集長とも思えないお言葉。
編集長: い~や、嫌みな言い方。日頃散々バカにしてるくせに。
女記者: とんでもございませんことよ。編集長の長年の経験と見識には、私も一目置いているんですから。
編集長: い~や、ますますもって嫌み。一目どころか一歩距離を置いて……(パッコーン)、痛たた。恒例の張り扇やね。
女記者: ええい、いじいじとうるさい。どこまでひねくれてるんですか。上司と部下なんですから、距離を置いて当たり前でしょ。
見習い: とても距離を置いているようには……(パッコーン)。な、何で僕まで。おお痛。
女記者: ほんっとにもう、あなたたちといると神経がささくれ立ってくるわ。
編集長: (自分一人で怒って……パッコーン)。何も言うてないで。
女記者: 目を見れば分かります。それで「中秋の名月」ですけどね、これは陰暦の8月15日に月を観賞する行事だから、太陽暦に当てはめれば、当然毎年日付が変わってくるわけです。
見習い: それは分かりますけど、「中秋の名月」の日って常に満月なんですか。
女記者: 必ずしもぴったり合致するわけじゃないようだけど、ほぼ満月みたいね。例えば今年は1日のズレがあって、10月4日が満月だそうよ。
編集長: 「中秋」と「仲秋」の2つの表記があるけど、違いはあるんか。
女記者: 「仲秋」は、陰暦で7、8、9月と3カ月ある秋の真ん中、つまり8月のことで、「中秋」はその8月の真ん中、8月15日をいうようです。従って名月の場合は、「中秋」の方が事情に即していると言えますね。
編集長: 「十五夜」とか「芋名月」とも言われるらしいな。
女記者: 里芋をお供えするかららしいですね。それで日本各地には、陰暦の9月13日にもお月見をする風習があります。こちらは「十三夜」とか栗を供えるので「栗名月」とも呼ばれますが、「十五夜をしたら、十三夜もしなければいけない」のだとか。どちらか一方の月見をしないことを「片月見」と言って、忌むべきこととされています。ちなみに今年の「十三夜」は10月30日です。
編集長: しかし、わしらにとっては、名月と言えば「名月赤城山」国定忠治やな。
見習い: 何ですか、それ。
編集長: クー。これやから嘆かわしい。「赤城の山も今宵限り、生まれ故郷の国定村や縄張りを捨て国を捨て、可愛い子分の手めえたちとも別れ別れになる門出だ」「親分!」
見習い: 女記者さん、張り扇をお見舞いしないんですか。
女記者: 何だかもう情けなくて。
編集長: 「ああ、雁が鳴いて南の空へ飛んで行かあ」(パッコーン)カア、カア。こら、見習い、編集長に向かってなんちゅうことするんや。
見習い: いや、トランス状態に入ってしまっているようでしたから。
編集長: 次がええとこなんや。「小松五郎義兼が鍛えた業物、万年溜の雪水に浄めて、俺にゃあ生涯手めえという強ぇ味方があったのだ」(グッキーン)か、角で叩くんはやめて。
女記者: 放っておいたら、いつまでやってるんですか。私には張り扇という強い味方があるんですからね。
編集長: あのな、わしが言いたいのは、昔は大人から子供まで共有しているものがあったということなんや。「俺にゃ生涯手めえという」と一人が言えば、誰もが「強ぇ味方があったのだ」と返せたんや。そういうのが今の時代にあるか。
見習い: なくても不自由してませんけど。
編集長: そういう問題やない。『金色夜叉』の「今月今夜のこの月を」とかの名セリフを、子供から大人まで知ってた。それが文化なんや。そういう文化が衰退してしもた。わしはそれが嘆かわしいんや。
女記者: だからといって田舎芝居を見せつけないで欲しいもんだわ。
編集長: そうや、「こち編・演劇祭」やろか。「俺にゃ生涯手めえという」(グッゴーン)て、天敵がいてたんやね(バタン)。