2010 年 3 月 のアーカイブ

こちら編集部〈9〉 梅は咲いたか、桜はまだかいな

2010 年 3 月 4 日 木曜日
見習い: うー、今朝もよく冷えますね。
編集長: そろそろ梅の季節やのにな。梅は咲いたか、桜はまだかいな、ちゅうたりして。
女記者: まだ、昨日のお酒が抜けてないんですか。
編集長: 何でやねん。人をアルコール依存症みたいに言わんといてくれるか。
女記者: 違うんですか。
編集長: 当たり前やないか。わしがいつアルコールに依存した?
女記者: でも、毎日飲んでるんでしょ。
編集長: まあ、根が几帳面というか、毎日コツコツやるタイプやからな。
女記者: それをアルコール依存症と言わずして何と言うんですか。
見習い: アル中。
編集長: こら、それは不快用語やぞ。女記者君、例のやつでガッシャーンとやったってくれ。(ガッシャーン)痛たた。何でわしやねん。
女記者: 張り扇振るうのに指図は受けません。
編集長: さよか。
見習い: それはそうと、編集長は意外に若い人の歌を知ってるんですね。
編集長: 若い人の歌? 何のことや。
見習い: 梅は咲いたか桜はまだかいなって言ってたじゃないですか。
編集長: おお、有名な端唄や。♪梅は咲いたか~桜はまだかいな(ガッシャーン)。ウウ、脳に響く。
女記者: しな作って気色の悪い。
見習い: 何だ、僕はてっきりMetis(メティス)の歌かと思ってしまいました。
編集長: そんな歌があるんか。
見習い: ええ。「梅は咲いたか桜はまだかいな」という、そのものズバリのタイトルで、レゲエですからメロディは全然違いますけど。誰にも桜が咲くという内容から受験生の応援ソングとして人気になり、湯島天神で行った合格祈願ライブは、マスコミでも話題になりました。何でも本人は菅原道真の末裔だそうですよ。
編集長: エエッ、ほんまかいな。そしたらわしと血縁関係が……(ガッシャーン)あ、あ、脳が揺れる。
女記者: ほんとにもう、叩き過ぎの声もあるから極力抑えようとしてるのに、挑発するようなことばっかり言うんだから。編集長と道真公とどんなつながりがあるというんですか。
編集長: いや、学問の神様として尊崇してるもんやから、つい。それに仕事の関係で、大阪天満宮や京都の北野天満宮にはお世話になってるし、取材で防府天満宮にも行ったことがある。わしにとっては、天神さんは氏神様みたいなもんなんや。
女記者: だからって末裔を騙っていいわけがないでしょ。
見習い: 天満宮といえば僕も高校、大学と受験の度に北野天満宮にお参りに行ったものです。合格しますようにって、牛の像の頭をなでました。
編集長: おお、牛なあ。天満宮には必ず牛の像があるけど、あれ何でみんなうずくまってるんやろ。
女記者: あら、道真公を尊崇してる方とは思えないお言葉。天神様と言えば牛と言われるぐらい、牛にまつわる逸話が多くあるのに。まず生まれた承和12(845)年が丑年で、亡くなった延喜3(903)年2月25日も丑の日だったそうです。
見習い: ええっと、この2月25日で亡くなられて1107年にもなるわけですね。
女記者: それで寛平5(893)年、この年も丑年なんですけど、北山で茸狩りをしていると、白い小牛が現れて道真公に寄り添うので、館に連れて帰り可愛がったそうなんです。やがて道真公は藤原時平の陰謀によって太宰府に左遷されることになるわけですが、その旅の途中、時平が放った刺客によって命を奪われそうになった時、どこからともなく白い牛が現れてその男の腹を角で刺しました。言うまでもなくその牛は道真公が可愛がってた牛であり、太宰府までその牛に乗って行ったそうです。
編集長: ふーん。牛との因縁が深いのは分かったけど、うずくまってるのは何でや。
女記者: それは『菅家聖廟略伝』にある道真公自らの遺言によるとされます。そこには「自分の遺骸を車にのせて牛に引かせ、その牛が立ち止まったところに自分を葬るように」とあるそうなんです。これは実行され、その略伝には「牛は黙々と東に歩いて安楽寺四堂のほとりで動かなくなり、そこを御墓所と定めた」と書かれているそうです。
編集長: それでうずくまった牛なんか。
女記者: ちなみに北野天満宮の拝殿欄間の彫刻には、ただ一頭、立ち姿の神牛が刻まれていて「北野の七不思議」の一つとされています。
編集長: そうか。どや、見習い君、今度の休みに北野天満宮の梅苑の梅でも見に行くか。
見習い: いいですね。
女記者: あら、私はのけ者ですか。
編集長: エッ、行くか。いつも誘ても断るから遠慮したんや。ほな、行くか。
女記者: いえ、行きませんけど。
編集長: クーッ(わしも張り扇作ろかな)。