2011 年 7 月 のアーカイブ

こちら編集部〈16〉 鍵屋、玉屋……あわや!

2011 年 7 月 29 日 金曜日
編集長: 今年は少なくとも月に1回ペースで配信していきたいと、年の初めに言うてたのに、5カ月近くも飛んでしもたな。
女記者: それはある意味仕方ないんじゃないですか。あんな大災害の後に編集長のキャラは不謹慎ですもん。
編集長: こら、失敬なこと言うな。わしは存在自体差し障りがあるとでもいうんか。
女記者: はい。だから半年ぐらいは謹慎していた方がいいんじゃないかと。
編集長: 待て。人聞きの悪いこと言わんといてくれるか。謹慎いうたら、何か悪いことしたから言行を慎んだり、自宅待機したりすることやろ。わしは何も悪いことしてへんし、せやから謹慎してるわけやない。毎日会社に出て来てちゃんと仕事してたわ。ただ「こち編」に寄れへんかっただけや。
女記者: ほんとに何も悪いことしてないですか。
編集長: な、何やねん、その目は。そら若い頃は羽目を外したこともあったけどって何を言わすんや。それはそうと見習い君、えらい元気がないけど、何ぞ腐ったものでも食べたんか。
見習い: 編集長と一緒にしないでください。実は、ちょっといいですか。
編集長: 腐ったもんと違うて、道に落ちてたもん(ガッシャーン)……おお、ブリキの張り扇、久し振りのこの痛み。
女記者: 人が真剣に話そうとしてるんだから、きちんと聞きなさい。
見習い: じゃ、言わせてもらいます。この「こち編」も3年目に入ってます。もうそろそろ僕も「見習い」を卒業してもいいんじゃないでしょうか。カメラマンですから3文字にこだわるのなら「カメラ」とか、フォトグラファーの「フォト」でもいいですけど、とにかくいつまでも「見習い」というのはどうかと思うんです。
編集長: 君はアホか。テレビアニメの「サザエさん」は昭和44年に始まってるから今年で42年目やぞ。そんだけたつけどサザエさんが年取るか。そんなことしてたら波平さんもフネさんもとうの昔に死んでるし、カツオも50代、とっくにブリになっとるわ。
女記者: カツオはブリになったりしません。ブリになる出世魚は関西ではハマチです。
編集長: さよか。どっちにしろ「ちびまる子ちゃん」もいつまでたっても小学3年生や。
見習い: ええっ、僕たちってサザエさんやまるちゃんと同じ世界の住人なんですか。
編集長: そういうこっちゃ。せやから君は何年たっても「見習い」なんや。それでないと女記者君なんか、三十路も……(グワッシャーン)あ、あ、星が、あれは愛しの織り姫(バタン)。
女記者: 七夕は過ぎました。ほんとにもう何年たっても進歩しないんだから。
見習い: はあ、それも僕が「見習い」であり続けるのと同じことなんですかね。
女記者: それは違うわ。見習い君の場合は単なる役割。だから役割の中で成長することは可能だけど、こいつの場合は先天的に知性もデリカシーもないの。だから進歩なんてありえない。
編集長: ZZZ……こ、こいつ?……ムニャムニャ。
女記者: そんなことより夏はやっぱり花火。花火を見ていやなことは忘れましょう。なにわ淀川花火大会は、会社から近いから毎年見物してるけど、私は山下清の作品でも有名な長岡の花火大会を一度見てみたい。
見習い: 前日はどこかの温泉で一泊というのもいいですね。
女記者: そのプラン最高。そんな贅沢をしてみたいわ。
見習い: 僕が見てみたいのは、隅田川の花火大会ですね。
編集長: か~ぎやぁ、た~まやぁ。
見習い: うわ、生き返った。
編集長: 誰も死んでないわい、失礼な。
見習い: その掛け声、花火ではよく聞きますけど何なんですか。
編集長: おお、ええ振りやないか。君もなかなか腕上げたな。鍵屋、玉屋は花火屋さんというか花火師の屋号なんや。
見習い: そうだったんですか。でも、どうして花火師の屋号が鍵屋、玉屋なんですか。
編集長: それは多分やけど、鍵屋の初代はお稲荷さんを信仰してたんやろな。稲荷神社には狛犬の代わりに狐の像が置かれてるが、この狐は色んなものをくわえてたり、体に添えられたりしてる。巻物とかな。その中でも代表的なのが玉と鍵なんや。玉は稲荷神の霊徳の象徴やな。それで鍵は、五穀豊穣のシンボルとされる、要するに収穫した五穀を祀る蔵を開ける鍵やな。そんなところから稲荷信仰の厚かった初代が、お店の繁栄を願って「鍵屋」と命名したんやろな。 それで鍵屋七代目の時に、天才花火師と言われた清七という番頭がいて、文化5年(1808)にのれん分けをした。その際に今度は狐のくわえる玉にあやかって、清七の店の屋号を「玉屋」としたわけや。それ以後、両国の川開きでは、両国橋を挟んで大川(現・隅田川)の上流を玉屋、下流を鍵屋が担当して花火を打ち上げ、「か~ぎやぁ」「た~まやぁ」の掛け声がこだまするようになったわけや。 当時は後発の玉屋の人気が高かったけど、天保14(1843)年に玉屋は大火事を起こしてしまい、江戸処払いを命じられ1代限りで断絶してしもた。しかし、今も花火の掛け声の代名詞としてその名が残ってるわけや。(パッカーン)。い、痛い。いきなり何やねん。わし何も変なこと言うてないがな。
女記者: 話が長い。顔が汚い。
編集長: 八つ当たりもええとこやな。そんなん言うたかて、筋道立てて説明したら長なるのはしゃあないやろ。それにまだ続きがあるんや。言わして。
女記者: ええい気色の悪い。シナを作りなさんな。
編集長: 鍵屋の歴史を見てみると、隅田川で初めて花火を打ち上げたのは正徳元年(1711)のことなんやそうや。
見習い: ということは今年300周年じゃないですか。
編集長: ところが隅田川の花火は享保18年(1733)の水神祭が起源なんや。これはその前年、大飢饉で餓死者が続出した上、疫病が大流行したんで、8代将軍吉宗が、慰霊と悪病退散を祈願して行ったもので、鍵屋は両国川開き大花火として20発ほど打ち上げたらしい。それからは「両国の川開き」として名物花火になったけど、昭和37年に交通事情の悪化で廃止になった。それが「隅田川花火大会」として復活したのが昭和53年のことや。せやから278年という長い歴史はあるが、記念の年というわけでもないわけや(グワッシャーン)。あ、あ、目から花火が。
女記者: 記念でも何でもないんなら、長々と話す必要はないでしょ。
編集長: 久し振りやから、つい力が入ってしもたんや、女記者君も1話3発までの掟を破ってるやないか。
女記者: そんな掟なんてありません。でも何回も同じことをすると読者も飽きるでしょうから、こんなのはどうかしら。パーティー打ち上げ用の室内花火。(ド、ドーン)あら、間違えたわ。本物の打ち上げ花火だったわ。
編集長: ひえ~。
見習い: 今のは鍵屋ですか、玉屋ですか。
編集長: いや、泡を食っただけに、あわややろ。
女記者 
見習い:
 
……(しょうもなあ)