2012 年 12 月 のアーカイブ

こちら編集部〈21〉 世界遺産五箇山で張り扇唸る

2012 年 12 月 21 日 金曜日
見習い: 編集長、起きて下さい。もう間もなく高岡に着きますよ。
編集長: うう〜ん、高岡? 何でわしがそんな所に行かなあかんねん。
見習い: 寝ぼけないで下さい。これから車で五箇山に行くんですよ。
編集長: おお、ほんまに前回の続きやるんか。わしは「この項続く」とか言いながら、半年ほどほったらかしにするもんやとばっかり思うてたわ。
見習い: 何てこと言うんですか。読者を裏切ったりしちゃいけませんよ。
編集長: 読者てそんな大袈裟な。たった4人しかいてへんのに。眠たいからいっそ富山まで……(グワッシャーン)い、痛い、眼から火が出た。
乗客: おお、痛そう。見習い君、あれは何や。
見習い: あなたまで気軽に「見習い君」なんて呼ばないで下さい。あれはこのコーナーの名物、ブリキの張り扇です。
編集長: な、何でそれがここにあるねん。
女記者: キャリーバッグに入れて持って来たの。もう降りるから来てみたらこの有り様、それでわざわざ取り出したのよ。前回の携帯タイプとは、やっぱり手応えが違うわ。
編集長: 何を悦に入ってるんや。分かった降りる、降りる。お客さん、記念にパコーンとやってもらい。(パコーン)またわしかい。
乗客: おたくも大変ですなあ。ではお元気で。
見習い: さあ、着きました。レンタカー手配してきます。
編集長: ほな行こか。急ぐ旅でもなし、安全運転で頼むで。わしは以前、熊野古道の取材の帰りに、乗せてもろた軽トラごと熊野川に転落して、九死に一生を得たことがあるんや。
それ以来、どうも車が苦手でな。
見習い: 運転には自信があるから任せて下さい。道も空いてるし、カーナビがあるから迷うこともないし。「しばらく道なりです」
編集長: わしらはずっと女記者君の「言いなりです」(カッキーン)。痛いわい。狭い車内やねんから、携帯用でも張り扇を振り回さんといてくれるか。
女記者: それなら口を慎んで下さい。私は希望を申し上げただけです。
見習い: しかし、いい天気でよかったですね。山に入りましたけど、そう寒くもなさそうだし。あ、そろそろ今夜泊まる大牧温泉へ行く、遊覧船の船着場が見えてきます。ここに午後4時までに戻って来ないと、最終便が出てしまって今夜泊まるところがなくなります。
編集長: それやったら急ごか。お、観光案内所が見えて来たぞ。
見習い: え、もう着いたんですか。そんないい加減なことでいいんですか。
編集長: どこがええ加減やねん。テンポよういかんかい。さあ案内所でパンフレットとかマップをもらお。
女記者: あら、この近くに編集長にお似合いの宿があるみたいですよ。
編集長: お、ほんまか。きれいどころが躍りでも見せてくれるんか。金沢やったら分かるけど、こんな山里でなあ。
女記者: 違います。流刑小屋です。
編集長: 殴ったろか。
見習い: 編集長、こっち、こっち。ここが今夜のお宿です。(ポカッ)あ、痛。
編集長: アホ、調子に乗るな。ほほう、流刑小屋も茅葺き屋根やねんな。まあ、復元したもんやからな。間口2.6m、奥行き3.6m、高さ3mか。お、中に人というか人形が正座してるやないか。何で罪人が裃付けてるんや。
女記者: 加賀騒動で有名な大槻伝蔵も五箇山に流されたそうですから、その人を模したんじゃないんですか。
編集長: 加賀騒動て何や。
女記者: そんな解説をしていたら日が暮れてしまいますから、勝手に調べて下さい。
編集長: おお冷た。
女記者: 一口に流刑といっても、罪の重さによって違いがあって、軽めだと小屋を出て村人と交流することも可能だったようです。武士なら城下のことを語って聞かせたり、学問のある人は字を教えたりなんかしたそうです。ただ重罪人はこの小屋から一歩も出られませんでした。
見習い: ええ、ほんとですか。3畳ほどでしょ。便所もこの中ですか。たまりませんね。月が出てなければ、夜なんか自分の指さえ見えないほどの真っ暗闇でしょ。3日もいれば気が変になりそうですね。
女記者: 先の大槻伝蔵は、言ってみれば加賀藩乗っ取りの罪ですから、完全幽閉の口でしょうね。3年足らずで自害したそうです。
編集長: そら死にとうもなるわな。なんぼ罪人でもちょっとえげつないな。見習い君、中に入って、あの人形抱きしめたれ。
見習い: 無茶言わないで下さい。そんなことできるわけないし、何の意味があるんですか。
編集長: 薄情な奴っちゃな。おんなじ時代に生まれてたら入れられてたかもしれんのに。
見習い: 編集長と一緒にしないで下さい。それより早く菅沼集落に行きましょう。
編集長: ほお、これはまるで日本昔話の世界やな。
見習い: ええ、もう着いたんですか。瞬間移動じゃないですか。
編集長: 細かいことをいちいち気にするな。それより昔のロープウェイがあるらしいから見に行こ。
女記者: それも言うなら「篭の渡し」ですね。菅沼橋の近くに復元模型が吊されています。五箇山は加賀藩の流刑地であり、火薬の原料となる塩硝を作っていたので、よその藩から人が入ってくるのを防ぐため、庄川に橋を架けなかったんです。それで両岸に綱を渡し、それに篭を付けた「篭の渡し」を唯一川を渡る手段にしたとされているんですが、腑に落ちない点があります。
編集長: なんや、腑に落ちんと川に落ちたか(ガッシャーン)、痛たた。
女記者: 人が真面目に話しているのに、今度しょうもないチャチャをいれたら、この庄川に突き落としますからね。
編集長: おお、怖。
女記者: というのも、この「篭の渡し」は、南北朝時代(一般的には1336年〜92年)から設置されていたそうで、五箇山に浄土真宗を広めた蓮如上人(1415年〜99年)が、篭に載って渡っている絵図が残されているそうなんです。
見習い: ははあ。流刑地になったのは江戸時代になってからだからが、それとは関係なく、五箇山には古くから橋が架けられていなかったというわけですね。
女記者: そうなのよ。日本三古橋の一つで『源氏物語』にも登場する宇治の宇治橋は、大化2年(646)に架けられたとされています。だから南北朝や蓮如上人の時代に、橋を架ける技術が伝わってないわけがないんです。それなのにどうして庄川には橋を架けなかったのか。そんな大河でもないのにです。
編集長: うーん、五箇山の七不思議の一つやな。
見習い: あとの6つは何なんですか。
編集長: 一つしかないのに七不思議と言われていることと、わ、危ない、押すな。罪人になって流刑小屋に入りたいんか。
女記者: ほんとにもう、凝りないんだから。どうしたらこんな馬鹿になれるのかしら。第二編集室の七不思議の一つだわ。
編集長: あとの6つは(グッシャーン)、あ、頭のさ、皿が。
女記者: 河童かっ。こんな奴でも会社が雇っていることと、しかも編集長であること、結婚していること、子どももいること、家を追い出されてないこと、警察に捕まらないこと。まだまだ挙げましょうか。
編集長: もうええわい。それはそうと、あの篭の模型にも人というか人形が乗ってるな。こっちのは着てるものも貧しそうやし、小物の罪人やろか。それとも流刑小屋の裃さんの尾羽打ち枯らした姿やろか。見習い君、ちょっとロープ伝って確かめに行ってくれるか。
見習い: できるわけないでしょ。そんなことより、そろそろ車に戻らないと遊覧船に乗り遅れますよ。
編集長: それは大変や。よかった、間に合った。
見習い: ええ、そればっかりやないですか。
編集長: 瞬間移動の術や(グワッキャーン)。こっちはこればっかりや(バタン)。