2013 年 2 月 のアーカイブ

こちら編集部〈22〉 千尋の谷からSOSの狼煙が

2013 年 2 月 4 日 月曜日
編集長: 見習い君、今日のスケジュールはどうなってる。
見習い: はあ? 僕は編集長の秘書じゃないから、スケジュール管理なんかしてませんよ。仕事の段取りは自分でつけて下さい。
編集長: 今は特別やろ。君がレンタカー運転して、五箇山のいろんなところを回ってるんやから。
見習い: ええっ、僕らまだ五箇山にいるんですか。前回の終了時、「この項続く」なんてなかったじゃないですか。
編集長: わしは女記者君の張り扇をくろうて、バタンとなってしもたからな。告知する暇がなかったというか、ほんまのこと言うと、今、気が変わったんや(パッコーン)。おお、オープニングにふさわしい軽い響きって、痛いわい。
女記者: 行き当たりばったりはやめて下さい。私たちにも都合があるんですから。
編集長: そんな固いこと言わんと。さ、五箇山に戻ろ。前回紹介できんかったこともあるんやし。ほら、もう合掌造りの建物が見えてきたやないか。
見習い: ええ、またその手ですか。ほんと強引なんだから。
編集長: 強引グ・マイウェイ、ちゅうたりして……(パッコーン)クーッ、今年初の2連発。
女記者: 使い古した駄洒落はやめて下さい。
編集長: お、ということは新しいのんやったらええんやな。な、なんやねん、その眼は。まあええ。それにしても合掌造りとは、うまいこと言うたもんやな。別名「ナンマンダブツ」と言うらしいけど、両手を合わして合掌したら、腕がちょうどこの屋根の角度になるもんな。こら、二人ともわしに向かって合掌するな。縁起でもない。
見習い: この約60度という急勾配の屋根の中は、2〜3層に区切り、そこで蚕を飼っていたそうですね。
女記者: ええ。養蚕、塩硝、和紙が五箇山の三大産業だったのよ。五箇山和紙は今もその伝統が受け継がれています。
見習い: 塩硝って火薬の原料になったものでしたね。
女記者: そう。五箇山では加賀藩の庇護の下、塩硝が密かに作られていたんです。普通は「煙硝」や「焔硝」と書くことが多いようだけど、江戸幕府に秘密の事業ということで、見た目が塩に似ているところから「塩硝」とし、塩と偽って取り引きしたそうです。
編集長: まあ、ここで塩硝が作られてたことは幕府もお見通しやったやろうけどな。
女記者: そうだと思います。でも実態はなかなかつかめなかったんじゃないでしょうか。庄川に橋を架けさせなかったのは、五箇山を陸の孤島にして、秘密を保持するためでもあったわけですから。
見習い: 前回見た「篭の渡し」じゃ、見つかったら狙い打ちですもんね。
編集長: 山本リンダやな。ウララウララ……。
見習い: 何ですか、それ。
女記者: 見習い君、スルー、スルー。ほっといて「塩硝の館」を見学しましょ。
見習い: ああ、ここも合掌造りですね。
編集長: (入館料を払って中に入る)おお、ここにも何か作業してる人形があるやないか。見習い君、3体目ともなると愛着も湧くやろ。思い切り抱きしめたれ。
見習い: いやですよ。愛着なんて湧くわけないでしょ。変なことばっかり言ってないで、塩硝の知識でも仕入れたらどうですか。
編集長: 君に言われたないけどな。ほほう、塩硝作りには、ヨモギや麻なんかの草木や土のほかに蚕の糞を使うんか。それらを囲炉裏の周りに掘った穴に何層にも詰める? さらに人の尿などを加えながら、年に何回か鍬で掘り返して、新しい空気に触れさせ、また土や糞を加えるやと。いひゃー、どうもこりゃまた、家の中でなんちゅうことをするんや(ガッシャーン)。い、痛たた。
観光客: うわ、何ですかいの、今のは。どえらい音がしましたな。
見習い: 大阪名物の張り扇ですわ。
女記者: ほかにお客さんもいるのに、狭い所でオーバーなリアクションはやめて下さい。
編集長: それを言うなら、ほかにお客さんもいてるのに張り扇を振り回さんといてくれるか。
女記者: それなら言動に気をつけて下さい。昔の人が必死になってした作業を馬鹿にするんですか。
編集長: いや、そういうわけやないけど、蚕の糞におしっことは、これぞまさに刎頸(ふんけい)の交わ……(グガッシャーン)クーッ、またもや2連発。しかも強烈。
観光客: おお、容赦なし。見事なもんですな。
編集長: しょうもないことに感心せんといてもらえますか。叩かれる方の身にもなってみなはれ。
観光客: それもそうですな。お詫びに私にも軽く一発お願いできますか。
女記者: いいんですか。では……(バッシャーン)。
編集長: 何でわしやねん。
見習い: (こればっかり)切りがないから話を進めますけど、確かに家族団欒の場である囲炉裏のそばに、そんなものを埋めなくてもと思いますよね。もちろん理由があるんでしょうけど。
女記者: 囲炉裏の熱でヨモギなんかの発酵を促したんです。掘り返しと原料の継ぎ足し、囲炉裏熱による発酵を4〜5年繰り返すと、「塩硝土」というものができました。それを桶に入れ、水を加えて一晩おき、翌日、桶の底近くに穴を開け水を抜き取ります。その溶液に灰汁を加えて煮詰め、できた濃縮液にさらに灰汁を加えて煮詰めたり、布で漉したり、そういう作業を繰り返して、硝酸カリウムの結晶である塩硝を作ったわけです。できた塩硝は牛の背に乗せて金沢城下に運ばれ、そこで硫黄や木炭末と合わせて黒色火薬が作られました。
見習い: それにしても、昔の人の知恵って凄いですね。よくヨモギや蚕の糞を発酵させたものから硝酸カリウムができると分かりましたね。
女記者: そうよね。もちろん先人の知識と経験の積み重ねがあってのことでしょうけど。
編集長: 火薬とはちょっと違うけど「のろし」というのがあるわな。漢字では「狼煙」と書くけど、あれは狼の糞を混ぜたら、焚き火と違うて打ち上げ花火のように煙が上るから、その字が当てられたと言われてる。中国では7世紀の唐の時代に、狼煙を上げたという記述が残っているそうやけど、人類はそんな昔から動物の糞を使うたら発火することを知ってたわけや。その積み重ねが塩硝ということやろな。
見習い: 壮大な知のロマンと歴史といった感じですね。
女記者: そうよね。技術をただ踏襲するだけじゃなく、自分たちの代でも工夫を凝らし、さらによりよいものを作り上げる。それを繰り返してきたからこそ今日があるわけで、もし、昔の人が編集長みたいな人ばかりだったら、私たちは未だに竪穴式住居に暮らしていたんじゃないかしら。
編集長: それはどういう意味やねん。わしには向上心も進歩のかけらもないと言いたいんか。
女記者: あるんですか。
編集長: そう面と向かって聞かれるとあるとはって、あるわい! あるからこそこうして五箇山まで来て、先人の知恵に学んでるんやないか。
女記者: それで何かつかめましたか。
編集長: えん、しょうやな(グガッギーン)あ、あ、何も言わんうちに千尋の谷に突き落とされてしもた。
観光客: うわ、強烈。しかし、この人も懲りませんな。
女記者: ほんと、処置なしです。あ、私たちもう帰りますから、この旅行用の小型の張り扇をあなたに進呈します。
観光客: それはどうもありがとうございます。いい旅の土産になります。こうですな(自分の頭を叩いてみる)ピッシャーン。
女記者: もっとスナップを利かすんです。
観光客: こうですか(バッシーン)。
編集長: あ痛たた。仕上げはわしか!